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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)1331号 判決

原告

尹三悦

被告

岡田輝彦

主文

一  被告は、原告に対し、金四九一三万四六六八円及び内金四六七三万四六六八円に対する昭和六二年八月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の、その七を被告の、各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当裁判所の本件裁判管轄権及び準拠法に関する判断

一  本件裁判管轄権

本件事件は、被害者とされる者(原告)が韓国人、加害者とされる者(被告)が日本人であるから、所謂渉外事件である。

したがつて、本件訴訟においては、当裁判所の同訴訟に対する裁判管轄権の存否が問題となるところ、同訴訟では、原告が被告の住所地を管轄する当裁判所に訴えを提起し、被告もこれに応訴していることから、当裁判所に同訴訟についての裁判管轄権を認めるのが相当である。

二  本件準拠法

本件訴訟は、交通事故(不法行為)による損害賠償請求訴訟であるところ、その原因事実(不法行為)発生地は、日本国内(当裁判所の管轄区域内)であり、同原因事実は、我が国法によつても不法行為と認められるから、その準拠法は、日本の法律となる(法例一一条一、二項)。

第二請求

被告は、原告に対し、金七三九三万二五九七円及び内金六八九三万二五九七円に対する昭和六二年八月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第三事案の概要

本件は、普通乗用自動車と衝突した原動機付自転車の運転者が、右衝突により負傷したとして、同普通乗用自動車の保有者兼運転者に対し自賠法三条・民法七〇九条に基づき、損害の賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)が発生した。

2  被告の本件責任原因(被告車の保有。自賠法三条所定。)の存在。

3  原告は、右事故により受傷し、吉田病院において入通院の、淀川キリスト教病院において通院の、各治療を受けた。

4  原告の本件受傷が症状固定し、後遺障害等級六級(併合)該当の後遺障害が残存した。

5  原告は、本件事故当時三七歳(昭和二四年一二月一四日生)の男性で、大韓民国ソウル出身のキリスト教牧師であり、日本キリスト改革派長老教会に所属するところ、昭和五六年に韓国から日本に宣教師として来日し、現在は長老派牧師としてキリスト教の布教に当たつているものである。

6  被告は、本件事故後、原告の本件治療費合計金二七〇万八七〇三円、付添看護費金二七万一五四〇円を各支払つた。

なお、被告が右治療費合計金二八三万円・付添看護費二七万二八〇〇円を各支払つたことは、原告において自認するところである。

二  争点

1  原告の本件責任原因である過失の存否(民法七〇九条所定)。

2  原告の本件受傷及び治療経過の具体的内容。

3  原告の本件損害の具体的内容。

主要争点となる損害費目。

(一) 本件休業損害の存否。

原告の主張

(1) 原告は、前記のとおりキリスト教牧師として、本件事故当時、日本改革長老教会から給与月額二五万一二五〇円の支給を受け、これに加えて、信者筋から原告に対する収入金額一二万一〇〇〇円があつた。

したがつて、同人の収入の合計金額は、金四四六万七〇〇〇円となる。

(2) 原告は、本件事故日の昭和六二年八月七日から昭和六三年一二月三一日までの五一二日間休業せざるを得なかつた。

よつて、同人の本件休業損害は、金六二六万六〇三八円となる。

446万7,000円÷365×512=626万6,038円

被告の主張

(1) 原告の主張事実中、同人が本件事故当時キリスト教牧師であつたことは認めるが、その余の主張事実及び主張は全て争う。

(2) 仮に、原告主張のとおり同人が教会から手当を受けていたとしても、それは、損害賠償の対象となる労働対価でない。

したがつて、原告には、本件事故による現実の減収がなく、その主張にかかる本件休業損害も、存在しない。

(二) 本件後遺障害による逸失利益の存否

原告の主張

(1) 原告に障害等級六級該当の後遺障害が残存すること、同人の本件事故当時の収入が、年額金四四六万七〇〇〇円であつたことは、前記のとおりである。

(2) しかして、同人は、右後遺障害のため労働能力の六七パーセントを喪失したところ、同人の就労可能年数は、二八年である。

(3) 右各事実を基礎として、ホフマン式計算方法にしたがい、同人の本件後遺障害による逸失利益の現価額を算定すると、金五一五四万〇五五九円となる(新ホフマン係数は一七・二二一)。

446万7,000円×0.67×17.221=5,154万0,559円

被告の主張

(1) 原告の主張事実中、同人に障害等級該当の後遺障害が残存することは認めるが、その余の主張事実及び主張は全て争う。

(2) 原告に現実の労働対価としての収入がなく、同人に現実の減収がないことは、前記主張のとおりである。

したがつて、同人には、本件後遺障害が残存しても、それによる逸失利益を算定するための基礎収入がないことに帰する。

しかも、同人には、将来減収を来す特段の事由もない。

よつて、同人の本件後遺障害による逸失利益の主張請求は、全く理由がない。

4  過失相殺の成否

被告の主張

(1) 原告は、本件事故直前、本件事故現場交差点の北方において対面信号機の表示赤色にしたがい停止するに際し本件南北道路第二車線に車線変更して停車した。

同人は、やがて右信号機の表示が青色に変わり原告車の南進を継続させるに際し、原動機付自転車が進行すべき同道路第一車線(道交法二〇条一項所定)に帰ろうとし、原告車を左斜めに車線変更させ、同道路第二車線・同第一車線の区分線を越えた。その時、偶々、被告車が、右道路第一車線上を原告車の後方から直進して来て、原告車を追い抜いた。

そのため、原告車の左ハンドル先端部分と被告車右前部ドアー取付け部分が接触し、その反動で原告車が前方路上に転倒し、本件事故が発生した。

(2) 右事実関係から明らかなとおり、原告には、被告車の進行を妨害する方法で進路を変更してはならないのに、これに違反し、かつ、自車左方への進路変更をする際には左後方から追いついて来る被告車への安全確認をせねばならないのに、これを怠つた重大な過失があり、同過失が、本件事故発生に寄与している。

よつて、原告の右過失は、同人の本件損害額の算定に当たり斟酌すべきである。

原告の主張

(1) 原告には、被告が主張するような過失がない。

(2)(a) 本件事故の原因は、被告車の追越禁止場所における追越にある。

即ち、被告は、本件事故直前、運転する被告車の左前方に沢田貴美子運転の単車(以下、沢田単車という。)を認め、同単車が被告車の直進の妨げになるところから、同単車をその右側から追越した。

被告は、そのまま被告車を加速させ直進させようとした時、自車前方に原告車を発見した。

しかし被告は、何ら被告車の速度(時速約七五~八〇キロメートル)を減じることなく、しかも、自車進路を車線中央または左寄りに変更することもなく、そのまま追越をかけ、そのため、原告車の左側後方から引つ掛け気味に、同車両に追突ないし接触した。

原告は、そのため、原告車のハンドルをとられて転倒し、本件事故が発生した。

(b) 原告は、走行車線の右端に原告車を保持し後進車をやり過ごそうとして、被告車に追突接触された。

即ち、原告は、本件事故直前、被告車進行車線の前方右側で、周囲の状況及び後進車の進行状況等に注意しつつ、更に原告車を左側に寄せて行く機会を見計らつていた。そこに、前記のとおり、被告車が急接近して来たのであるが、原告は、被告車の同急接近に対して、原告車の右側車線(同車線上には、当時、四輪車両が三台いた。)に避譲することができなかつた。

そこで、原告は、原告車の車体をできる限り真直ぐに保持して進行させたが、被告車の追突接触を免れ得ず転倒し、本件事故が発生した。

(c) 右事実関係から明らかなとおり、本件事故は、被告の、追越禁止場所の追越・制限速度違反(本件事故現場付近の制限速度は、時速五〇キロメートルである。)

前方不注視の過失によつて、惹起されたものである。

5  損害の填補

被告は、本件事故後、賠償金内払として金二〇万円を支払つた。

第四争点に対する判断

一  原告の本件責任原因である過失(民法七〇九条所定)の存否

原告は、本件責任原因として、前記当事者間に争いのない被告における被告車の保有(自賠法三条所定)のほかに、同人における過失(民法七〇九条所定)の存在を主張している。

しかして、原告の右主張は、その主張全体の趣旨(特に、原告の本件損害の主張請求は、所謂人的損害のみである。)から、前記当事者間に争いのない被告車の保有関係と選択的に主張していると解されるところ、被告車の保有関係につき右のとおり当事者間に争いがなく、同事実に基づき被告に自賠法三条に基づく本件責任原因の存在が肯認される以上、それ以外に原告主張の右過失の存否まで判断する必要はないというべきである。

二  原告の本件受傷の具体的内容とその治療経過

証拠(甲第七の2、八の5、乙第二の1、弁論の全趣旨。)によれば、次の各事実が認められる。

1  原告の本件受傷の具体的内容

原告は、本件事故により、急性硬膜下血腫・脳挫傷・頭蓋骨線条骨折・急性硬膜外血腫・全身打撲擦過傷の各傷害を受けた。

2  右受傷の治療経過

(一) 吉田病院 昭和六二年八月七日から同年九月二一日まで入院。

(四六日間)

昭和六二年九月二二日から平成元年三月二日まで通院。

(実治療日数四日)

(二) 淀川キリスト教病院 昭和六二年一〇月一日から昭和六三年一〇月一三日まで通院(実治療日数二四日)

(三) 本件症状固定日 平成元年三月二日。

三  原告の本件損害の具体的内容

1  治療費 (請求 金二八三万円) 金二八三万円

本件治療費が右金額であり、被告において右治療費全額を支払ずみであることは、原告の自認するところである。

2  入院雑費 (請求 金六万九〇〇〇円) 金五万五二〇〇円

原告が本件受傷治療のため吉田病院へ四六日間入院したことは、前記認定のとおりである。

しかして、原告の右入院期間における、本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、本件損害という。)としての入院雑費は、同期間中一日当たり金一二〇〇円の割合による合計金五万五二〇〇円と認める。

3  入院付添看護費 (請求 金三四万七八〇〇円) 金三四万〇三〇〇円

原告の本件受傷の具体的内容は、前記認定のとおりであるところ、証拠(乙二の1、3、弁論の全趣旨。)によれば、原告が吉田病院へ入院していた期間中、病院側から付添看護を要請されていたこと、同期間中の一五日間原告の妻も付き添つたこと、同期間のその余の期間は職業付添人が付添つたこと、同職業付添人の付添看護費は、一日当たり金八八〇〇円の割合による合計金二七万二八〇〇円であつたことが認められる。

右認定各事実を総合すると、原告の妻が同付添看護に要した費用も、本件損害と認めるのが相当であるところ、その合計額は、一日当たり金四五〇〇〇円の割合による金六万七五〇〇円と認める。

よつて、入院付添看護費の合計は、金三四万〇三〇〇円となる。

4  通院交通費 (請求 金八万二〇〇〇円)

原告が吉田病院へ実治療日数四日・淀川キリスト教病院へ同二四日通院したことは、前記認定のとおりである。

ところで、同人は、本訴において、右通院交通に要した費用として合計金八万二〇〇〇円を主張請求している。

しかしながら、右主張金額を肯認するに足りる証拠がない

よつて、同人が主張請求する右通院交通費は、これを肯認できない。

5  休業損害 (請求 金六二万六〇三八円) 金六二六万六〇三八円

(一) 原告の本件事故当時の身分は、当事者間に争いがなく、同人の本件受傷の具体的内容、その治療経過は、前記認定のとおりである。

(二) 証拠(甲三の1、2、五、一〇、一一、証人瀧浦滋、原告本人、弁論の全趣旨。)によれば、原告は、本件事故当時、その所属する日本キリスト改革長老教会(通称同教会日本委員会)から、給与相当として定期的に一か月金二五万一二五〇円(生活費・家族手当・住宅費等金二二万五〇〇〇円、臨時給与名目平均金二万六二五〇円の合計額。)の給付を受け、これに加えて、原告が当時伝導活動を行つていた横尾伝導所会員(信者)らからの援助・外部からの依頼による説教講演等謝礼・信者有志からの個人的月定献金や特別援助等を合計して一か月平均金一二万一〇〇〇円を得ていたこと、したがつて、これらの合計金額は、一か月金三七万二二五〇円(一か年の合計額金四四六万七〇〇〇円)になること、原告は、本件事故当日の昭和六二年八月七日から昭和六三年一二月三一日まで五一二日間(ただし、原告の主張にしたがう。)牧師として求められる伝導活動を行うことができなかつたこと、そこで、前記教会は、原告に対し、本件加害者から後日賠償金の支払いがあるまでとの前提で、右期間中前記給与相当金を立替仮払いしたこと、したがつて、原告としては、いずれ同立替仮払金を同教会へ返済しなければならないこと、原告が本件受傷治療のため従前の伝導活動を行うことができなくなつたため、同人が同教会の同給与相当金以外に得ていた前記金員も、受け得なくなつたことが認められる。

(三) ところで、損害賠償法の下においては、牧師も一つの職業であり、その宗教的活動によつて得る収入も、同職業活動のよつて得た収入として、確定金額が認められる限り、同法により保護すべき収入と解するのが相当である。

しかして、本件において、牧師としての原告の本件事故当時の収入額が確定されることは前記認定のとおりである故、同人の同認定収入は、右説示に照らし、同人の本件休業損害算定の基礎収入として採用するのが相当である。

右認定説示に反する被告の主張は、当裁判所の採るところでない。

(四) そこで、右認定説示に基づき、原告の本件休業損害を算定すると、金六二六万六〇三八円となる(円未満四捨五入。以下同じ。)。

(446万7,000円÷365)×512≒626万6,038円

6  後遺障害による逸失利益 (請求 金五一五四万〇五五九円) 金五一四万〇五五九円

(一) 原告の本件事故当時の身分(職業)・年齢(三七歳)、同人に障害等級六級該当の後遺障害が残存していることは、当事者間に争いがなく、本件症状固定日、同人の同事故当時の収入等は、前記認定のとおりである。

(二) 証拠(甲一、二、七1ないし3、八の1ないし6、原告本人、弁論の全趣旨。)によれば、次の各事実が認められる。

(1) 原告の本件後遺障害の具体的内容は、次のとおりである。

(a) 自覚症状

人工骨部の疼痛・頭重感・記銘力の低下・両側眼痛・左耳閉塞感・右第二指の屈曲制限・腰痛。

(b) 他覚症状及び検査結果

右前頭・側頭部に用いた人工骨が、側頭筋の収縮の際(噛む運動等)に移動し、疼痛の原因となる。

また、手術(右硬膜下血腫除去術・左硬膜外血腫除去術・頭蓋形成術)創瘢痕部における毛髪の欠損。

神経学的には、右軽度不全片麻痺・右腱反射亢進。

右側頭葉に低吸収値域(CT所見)、脳波上、軽度~中等度の異常の各存在。

精神機能検査によると、主に記銘力検査の無関係対語が平均の半分にも及ばず、新しい情報の記銘が困難である。

右記銘力の低下及び理解・推理・洞察力の低下によつて、本来の自分が失われてしまつたという不安・不全感が強く、仕事に支障を来している。

また、気が短くなつたり怒りつぽくなり、情動の不安定さ、身体の不定愁訴が続く。

(2) 原告は、本件症状固定後、前記教会日本委員会の援助で霞が丘教会に移つたが、本件後遺障害のため、同教会において説教者の役割だけを果たしているに過ぎない。

その説教者としての役割も、右後遺障害のため、忘れることが多く、時間がかかる状況下で、ようやく果さたされている。

同人は、本件事故前に同種説教を行う場合、説教の要約(サマリ)を作成しこれにしたがつて行つていたが、同事故後は同要約によつて行うことができず、説教の内容全部を書いた書面を用意するか、本来はすべきでない書物で行うかでないと、これを行うことができなくなつた。

同人は、同人において前記説教者としての役割しかなし得ず、本件事故前のような伝導活動に従事できなくなつたところから、前記長老教会からの給与相当金の交付も受け得なくなつたし、前記信者らからの援助等もなくなつてしまい、現在は、前記霞が丘教会から生活費を受けている。

また、同人は、本件後遺障害のため、より高度の宗教学上の資格を得ることができなくなつた。

(三) 右認定各事実を総合すると、

(1) 原告は、本件後遺障害によりその労働能力を喪失し、そのため経済的損失、即ち、実損を被つているというべきであり、したがつて、同人に、本件後遺障害による逸失利益の存在を肯認すべきである。

右認定説示に反する被告の主張は、当裁判所の採るところでない。

(2) 同人の右労働能力喪失率は、右認定各事実を主とし、これに所謂労働能力喪失率表を参酌して、六七パーセントと、同人の就労可能年数は、二八年(本件症状固定時三九歳)とそれぞれ認め、同人の本件症状固定時の収入は、一か年金四四六万七〇〇〇円と推認する、のが相当である。

(四) 右認定説示の各事実を基礎とし、原告の本件後遺障害による逸失利益の現価額をホフマン式計算法にしたがい中間利息を控除して算定すると、金五一五四万〇五五九円となる(新ホフマン係数は、一七・二二一。)。

446万7,000円×0.67×17.221≒5,154万0,559円

7  慰謝料 (請求 金一〇九〇万円) 金一〇四五万円

前記認定の本件全事実関係に基づくと、原告の本件慰謝料は、金一〇四五万円と認めるのが相当である。

8  原告の本件損害の合計額金七一四八万二〇九七円

四  過失相殺の成否

1  証拠(乙一の1ないし3、5、6、8、原告本人、被告本人、本件鑑定結果、弁論の全趣旨。)によれば、次の各事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、南北道路〔中央分離帯によつて東西車道に区分されているところ、その東側車道は、二車線(本件事故現場付近における第一車線の幅員三・七メートル、第二車線の幅員三・三メートル。)。以下、本件南北道路という。〕と東西道路とがほぼ十字型に交差する交差点(以下、本件交差点という。)内である。

本件交差点は、白川ランプを構成する交差点の一つで、同交差点の北方約四二メートルに同交差点とほぼ同形の十字型交差点が近接(以下、本件近接交差点という。本件交差点の東口と本件近接交差点の西口に、白川ランプ出口が、それぞれ存在する。)して存在している。

そして、本件近接交差点の北方約七〇メートルに変則十字型交差点(本件南北道路から北東と北西に向け、いずれも白川団地方面に至る道路が各分岐。以下、本件北方交差点という。)が存在する。

本件交差点を含む右各交差点には、信号機が設置されていて、同各信号機は、本件事故当時作動しており、同各交差点付近の最高速度は、いずれも時速五〇キロメートルである。

右各交差点を構成する各道路は、いずれも平坦な、直線状のアスファルト舗装路であり、夜間も水銀灯や信号機の標識灯により明るく、原告車、被告車のいずれからも、前方及び左右への見通しは良好である。

また、本件各交差点北側入口の東側車道路上には、一時停止線が標識されている。

なお、本件事故当時の天候は晴、右事故現場付近の路上は乾燥していた。

(二) 被告は、本件事故直前、被告車を時速約五〇キロメートルの速度で運転し、本件南北道路東側車道の第一車線(以下、単に車線名のみによる。)上を北方より南方に向けて進行していたが、本件北方交差点北側入口から北方約三四メートルの地点付近にさしかかつた時、自車前方の同北方交差点南東角に設置された対面信号機の信号が青色を、更にその前方の本件近接交差点南東角に設置された対面信号機の信号が赤色を、それぞれ表示しているのを認め、自車のエンジンブレーキをかけ、徐々に減速した。そして、被告は、右各信号機の各表示を確認した地点付近から約六四・七メートル進行した地点付近(本件北方交差点内を通過)に至つた時、本件近接交差点の同対面信号機の赤色表示は依然変わらず、同信号表示にしたがい、自車右前方(左右は、車両運転席に着座して正面を向いた姿勢を基準とする。以下同じ。)の本件近接交差点北側入口第二車線上の一時停止線付近に、従列で一時停止している車両三台と第一車線左端に一時停止している澤田単車(原動機付自転車)一台を認めたが、被告は、被告車を時速約一〇キロメートルの速度でそのまま直進させた。

被告車がそれより約二二メートル進行した地点付近に至つた時、本件近接交差点の右信号機の表示が赤色から青色に変わり、前記一時停車していた各車両が、発進を開始した。

そこで、被告も、被告車に加速して従前の車線上を直進し、本件近接交差点を通過して約一六メートル進行した地点付近で、自車左前方を進行している澤田単車を追い抜こうとしたところ、同車が右側に寄つて走行したので、これを避けるべくブレーキを踏み減速して追い抜いた。

被告は、澤田単車を追い抜き自車に加速した直後、自車右前方第二車線上約一七・二メートルの地点付近(本件交差点北側入口路上に標識された前記一時停止線付近)に、自車と同一方向に進行している乗用自動車一台と同車両の左側を併走している原告車を認めた。原告車は、当時、第二車線の左端部で、しかも第一車線・第二車線の区分線ぎりぎりの場所を走行していた。

被告は、右状況で走行している原告車を認めたが、同車両を追い抜けると判断してそのまま被告車を進行させ、約三六メートル前進した地点付近(本件交差点中心よりやや南方の地点付近)で、原告車を追い抜いたが、その際、被告車の右側面部と原告車の左側面部とが接触し、本件事故が発生した。

なお、被告車の右側面部と第一車線・第二車線の区分線との、右追い抜き時における間隔は、約〇・八メートルであつた。

(三) 原告は、本件事故以前、本件南北道路東側車道上を三回程同事故と同一方向、即ち、北方から南方に向け進行したことがあるが、その際、いつも本件近接交差点北側入口まで同車道第二車線を通行していた。それは、同交差点同車道第一車線は、常に左折可であるため、同交差点の対面信号機の赤色表示で一時停止した場合、左折車が後方からクラクションを鳴らして早く前進せよと催促するからであつた。

そして、同人は、右近接交差点内及び同交差点南側口を通過した後、場所の特定はないが、それまで進行した第二車線内から第一車線内に車線変更して、本件交差点内を直進していた。

同人は、本件事故直前も、右道順にしたがつて、第二車線内を北方から南方に向け進行していたが、同人の記憶は、ここまでであり、以後同事故発生の具体的経過についての記憶は、全くない。

(四) 澤田単車の本件事故直前における動向は前記認定のとおりであるところ、同車に乗車していた澤田美喜子は、前記被告車に追い抜かれた地点から約七・一メートル前進した地点付近で、自車右前方約二四・六メートルの地点付近に、原告車が第二車線から第一車線へ車線変更しかかつているのを目撃した。

なお、同人は、その際、被告車が自車の前方約一九・五メートルの地点付近の第一車線内右寄り部分を直進しているのを認めた。

(五) 本件鑑定結果は、次のとおりである。

(1) 原告車と被告車の接触部

原告車 車体の左側面から風防左端部に至る間。

その間の長さ約一メートル。

被告車 右前フェンダー側面のタイヤハウス後角部から右ドアー後車体右側面に至る間。

その間の長さ約一・八メートル。

(2) 右接触の回数

断続的に数回であるが、約一秒間で終了している。

(3) 右接触時における速度

原告車 時速四〇キロメートル前後程度

被告車 時速五〇キロメートル前後程度

(4) 右接触の態様

被告車は、ほぼ並行状態で原告車に断続的に接触しながら、同車両を追い抜いた。

即ち、被告は、本件事故発生時、被告車を右前方の原告車とほぼ並行状態で前進させ、同車両に追いつき、被告車右前タイヤハウス後角部及び右前フエンダ側面に原告車左側面付近を後方から前方にかけて断続的に接触させながら前進した。

2(一)  右認定各事実を総合すると、原告は、本件事故直前原告車を運転して本件南北道路東側車道第二車線内を時速約四〇キロメートルの速度で南進し、本件交差点の北側入口付近で同車線から第一車線に車線変更をすべく、原告車を直進状のまま第一車線・第二車線の区分線に接近させたところ、折から、被告車が第一車線内右寄り部分を時速約五〇キロメートルの速度で直進して来たため、原告車の左側面と被告車の右側面が接触(両車両の接触箇所及びその態様は、本件鑑定結果のとおり。)し、本件事故が発生したと推認するのが相当である。

右認定説示に反する当事者双方の主張は、当裁判所の採るところでない。

(二)  しかしながら、右認定各事実を総合すると、原告は、本件事故直前、原告車を運転して、元来通行してはならない第二車線を通行していた(道交法二〇条一項所定)し、第二車線から第一車線変更しようとした時、自車後方の安全確認を十分行わなかつたと推認され、この点に同人の同過失が存在し、同過失も、同事故発生に寄与しているというべきである。

したがつて、同人の右過失は、同人の本件損害額の算定に当たつて斟酌するのが相当である。

よつて、被告の過失相殺の抗弁は、右認定説示の限度で理由がある。

(三)(1)  しかして、右斟酌する原告の右過失の割合は、前記認定にかかる本件全事実関係に基づき、全体に対して三〇パーセントと認めるのが相当である。

(2) そこで、同人の前記認定にかかる本件損害合計額金七一四八万二〇九七円を、右過失割合で所謂過失相殺すると、その後において同人が被告に対して請求できる本件損害は、金五〇〇三万七四六八円となる。

五  損害の填補

原告が本件事故後被告から本件治療費合計金二八三万円・入院付添看護費金二七万二八〇〇円の総計金三一〇万二八〇〇円を受領したことは、原告の自認するところである。(なお、当事者間に争いのない金額よりも、原告の自認額の方が大きいので、同自認額にしたがう。)

証拠(乙三の2、弁論の全趣旨。)によれば、原告は、昭和六二年八月一八日、被告から、本件損害の内払いとして金二〇万円を受領したことが認められる。

そこで、右受領金合計金三三〇万二八〇〇円は、原告の本件損害に対する填補として、同人の前記認定にかかる本件損害金五〇〇三万七四六八円から、これを控除すべきである。

しかして、右控除後の原告の本件損害は、金四六七三万四六六八円となる。

六  弁護士費用 (請求 金五〇〇万円) 金二四〇万円

前記認定の本件全事実関係に基づくと、本件損害としての弁護士費用は、金二四〇万円と認めるのが相当である。

第五結論

以上全認定説示に基づき、原告は、被告に対し、本件損害合計金四九一三万四六六八円及び弁護士費用金二四〇円を除く(この点は、原告自身の主張に基づく。)内金四六七三万四六六八円に対する本件事故日であることが当事者間に争いがない昭和六二年八月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利を有するというべきである。

よつて、原告の本訴請求は、右認定の限度で理由があるから、その範囲内でこれを認容し、その余は理由がないから、これを棄却する。

(裁判官 鳥飼英助)

事故目録

一 日時 昭和六二年八月七日午後七時頃

二 場所 神戸市須磨区東落合二丁目一九番一号先交差点付近路上

三 加害(被告)車 被告運転の普通乗用自動車

四 被告(原告)車 原告運転の原動機付自転車

五 事故の態様 原告車が、本件交差点南北道路を北方から南方に向け進行していたところ、被告車が、右交差点南北道路を北方から南方に向け原告車の後方から同一方向に向け進行し、本件交差点北側入口付近において原告車を追い抜いた際、被告車の右側面部と原告車の左側面部とが接触し、原告車が、路上に転倒した。

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